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ドサ日記@silence*

アイマス無名Pのニコ動ドサ回り日記。 あと雑記。ゆるい。

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世界の新着動画について② - SSDが持つ問題点の中心は

前回のエントリでは「世界の新着動画」(以下SSD)が当初の目的である「埋もれた良動画を発掘する」という目的を達成しつつ高評価を受けている反面、そのコメントの内容が酷いと話題になっている。ただし解決策は実装予定。というところまで書きました。あと僕がプレミアム会員をやめた、ということも。

このエントリから見た人も、各所でまとめられているSSD騒動の概要を知っているなら前回のエントリは見なくていいでしょう。前回のはほぼ序文です。突撃する前の地ならしです。

今回は「SSDのコメントがなぜ問題となるのか、その原因は何か」について書きたいと思います。語りつくされている話題ではありますが、自分なりの結論です。


まず、「自らクリックして動画を見る」場合と「SSDで動画を見る」場合とでは動画に対する姿勢が全く異なるということを強調しなければなりません。

動画をクリックするという行為は能動的な行為です。視聴者は自分の意思で数ある動画群からその動画を選択して視聴しているのです。
そして動画を見る際、視聴者の意識は動画の内容とそこに流れるコメントに集中して振り向けられます。そこにタイトル、説明文、タグ、市場、再生・コメ・マイリス数などの動画に付随する情報が加わりますが、どれもその動画自体に直接的・間接的に関係するものです。

翻ってSSDでは何もせずとも動画は向こうからやってきます。視聴者は視聴を継続するか否かを選択することは出来ても次に見る動画を自ら選択することは出来ません。
SSDで動画を視聴する際には、視聴者の意識の対象はSSD全体に向けられます。個々の動画は全体であるSSDを構成する一要素であり、連続した流れの中でどのような位置にあるかが視聴者の意識に大きな影響を与えます。今日は○○のカテゴリが多い、先程の動画はこうだったがこっちはこうだ、完走するか切られるか、etc. SSDを視聴する上で大きな興味の対象となる事柄ですが、動画単体を視聴する場合では生じ得ない感想です。

それ自体が悪いというのではありません。通常のユーザー生放送では「さっきのからこっちに繋ぐかよ!」と生主のセンスにツッコんだり爆笑したり、動画の最中にどんどんリクエストが来たり、或いは生主と視聴者の漫才が突然始まったりと流れている動画そっちのけで盛り上がることも多く、むしろ生放送の大きな楽しみの一つとなっています。

問題は、SSDに限って生放送中のコメントが元動画のコメントに反映されてしまうという点です。

SSDという連続した流れの中で投下された大量のコメントが、その時の前後の状況から完全に切り離されて個々の動画に残り、しかも動画単体を見に来た視聴者のコメントとスレッドの区別も無く混ぜっ返しというのはあまりにも乱暴です。

生放送でなされたコメントには前後関係が分からなければその本来の意図が分かりづらいものがけっこうな割合であり、そのコメントがその日のSSDに対してのものなのか、動画単体に対するものなのか、最悪一個前の動画に対するものなのかさえ、SSD終了後に視聴している者からは読み取れない場合もあります。
そのようなコメントと、自分の意思で動画を見に来た視聴者による明確に動画自体へなされたコメントとを同列に、まして混同されかねないような扱いをするべきではありません。

少なくとも僕にとっては自分の動画に書き込まれた一つ一つのコメントは本当に代えがたい報酬であり、自作品の検証の指針であり、次の製作活動の燃料です。
コメントの内容もさることながら、タイムライン上でのコメントの寡多からも視聴者のテンションの上下が分かります。例えばグンと盛り上げたいところでコメントが少なければ、意図に反して視聴者のテンションは低いまま、というのが読み取れます。一番の見せ場でコメントが画面いっぱいに流れれば、そりゃもうガッツポーズです。最高の快感です。
しかし動画の最初から最後まで均等にコメントが流れるのではテンションの上下は掴みにくく、SSDの流れに対するコメントで動画本来のコメントが流れたり埋もれたりしてしまうのは悲しいことです。

もし通常のユーザー生放送でもコメントが反映される仕様だったのならまだ理解できます。しかし、「ニコニコ生放送」という共通のシステムを使用しておきながら、かつ通常の生放送が先行して実装されどのようなコメントが投下されているかを知りうる状況にありながら、本来独立したスレッドで管理されている生放送コメントを元動画のスレッドに組み込むように、あえてわざわざ意思を持って設定した運営の意図は何なのでしょう。

もしユーザー生放送でのコメントが元動画に、通常コメントと区別無く反映されたらどうなるでしょう?
仮定で書きますが、現状のように生放送を存分に楽しんでコメントするなら元動画には意味不明なコメントが残され、元動画に配慮したコメントだけを投下するなら生放送の楽しみは損なわれてしまいます。生放送を取るなら迷惑なコメントの元としてユーザー生放送は敬遠され、元動画を取るなら生放送はただ動画を流すだけのものになってしまい本来の魅力を発揮できません。どちらにせよユーザー生放送は現在のような人気を勝ち取ることは出来ないでしょう。

同じことはSSDにも言えるのではないでしょうか。現状、SSDを存分に楽しんでコメントした人たちのコメントが元動画に迷惑をかけ、元動画に配慮しつつSSDを見ている人たちはコメントではっちゃけることが出来ない。
この仮定が正しいとするならば、「SSDでのコメントが元動画に反映される」という唯一つの間違いのために、SSDは正当な評価を受けることができず、かつ本当の魅力を発揮できていないと言えます。

これは専門家でもなんでもない個人が勝手に考えたことですが、どうでしょうか。
SSDの現状と比較して、全くの的外れだと言えますか?


次回はSSDが投稿者に与えた影響、主に負の影響について書きたいと思います。
熱くなるのを抑えながら書くので、ちょっと間が開くかも。
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*** COMMENT ***

確か初めまして

>>Silence*P
全面的に同意。
公式掲示板スレで様々な意見を見てきましたが、元動画のコメントに生放送のコメントを混ぜることについて誰一人価値を見出している人を見かけませんでした。運営公式発表を除けば「同期と非同期の融合」に期待を寄せている人はいないと思って構わないでしょう。
確かに世界の新着動画を歓迎してるアップロード者もいることはいます。ですが、彼らは押しなべて宣伝効果およびリアルタイムの残滓を参照できれば満足なだけで、元動画コメントへの押し流しや混同を歓迎しているわけではない点が運営の期待とは異なると思います。
また、世界の新着はSilence*Pの仰るとおり動画製作者に対して無神経でなければ視聴者は務まりません。結果良識的な人は居たたまれなくなって去り、残された人たちが思う存分「自分達のやりたいように」やれるわけです。しかし視聴者のマナー云々より何より、この状態を放置してきた運営サイドの無神経さは理解しがたいものがあると思います。
なぜここまで反発されながら元動画へのコメント反映をやめないのか。なぜ 世界の新着動画という発想自体は面白いし有益ともいえるアイデアを自ら貶めるような仕様のままでいさせようとするのか。
残念ながらこれらの疑問に運営は取り合おうとはしていないようですね。

ではではそろそろ失礼しますが、言われる前に先に言っておきますね。
長文乙ww

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